ぼーんぐん。ものがたり

日常の暮らしの中で感じる心持ちをつぶやきます。

普通の是非

こんにちは。ぼーんぐんです。

 

50代、60代になると不思議と同窓会の誘いが増えるんだと聞きます。

 

みなさんは同窓会に参加されるでしょうか。

 

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大学、高校、中学、小学校と、誘いを受けて様々な時代の同窓会に出て、過去の記憶をさかのぼるうち、誤った記憶に気付くことがあります。

 

思い出話に花が咲くうち、同窓生から記憶違いを指摘されるからです。

 

「えーっと、そうだったっけ」

 

人は若い頃の自分像を、気付かないうちに美化していたり、誤解からゆがめられたりして記憶しがちなのです。

 

同窓会で話をしていますと、そうした誤った記憶は、同窓生たちの言葉が上書きしてくれます。

 

友人の記憶も同じ。

 

同窓生たちと話していますと、嫌いな奴と付き合いをやめてしまった原因が些細な勘違なんてことはよくある話です。

 

お互い未熟だったと、改めて関係を深めることも多いのです。

 

そんな中、断片しか思い出せない同窓生もいます。

 

それは特に好きでも嫌いでもなかった人。

 

所謂「普通の子」

 

突飛な事をするでもなく、大喧嘩をしたこともない。そんな普通の子は思い出せないのです。

 

世の中では「普通に生きる」ことの大切さを説きます。人に迷惑をかけない生き方をよしとします。

 

でも、人の記憶に残るには普通ではダメなのです。

 

普通に生きていないと、時には「陰口をたたかれる」し「傷つけられる対象」にもなりがちですが、そのことが人の記憶に残るんですね。

 

過去を振り返りましても、記憶に残っている同窓生は大抵「変な人たち」だったことに気付きます。

 

おかしなエビソードが鮮明に残っているのです。

 

現代でも人から嫌われないコツは「目立たないで普通でいる事」でしょう。

 

しかし人の記憶に刻み込まれ、人から好かれるためには、嫌われることに怯えていてはいけません。

 

良い人は所詮「都合のいい人」で終わるものです。

 

人から認められる人は、実は嫌われることを恐れず自分らしく生きている人なんでしょうね。

 

テレビでもSNSでも、人気のある人は普通ではありませんからね。

 

みなさんは如何お考えでしょうか。