ぼーんぐん。ものがたり

日常の暮らしの中で感じる心持ちをつぶやきます。

「恋っておかわり自由?」にモヤッ。恋愛は消費される時代ですか?

こんにちは。ぼーんぐんです。

 


先日、電車の車内ズリ広告にドキッとしました。そこには、こう書かれていたんです。

 


「恋ってな、おかわり自由やねん」

 


"おかわり"の文字にランチのご飯?お得な情報?っと、一瞬胃袋が反応しましたが、どうやらランチではなく恋の話らしい。

 


以来、このコピーを見るたびに、胸の奥がモヤッとするんです。

 


もちろん、恋愛は自由でいいと思うし、ひとつの恋が終わったからといって人生が終わるわけじゃない。

 


だけど、恋を“おかわり”って表現するのって、なんだか恋がどんどん軽く、消費されるものになっている気がしてならないんです。

 

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マッチングアプリSNSの普及で、出会いが格段に増えた今の時代。

 


プロフィールをスワイプして、いいねを押して、メッセージが来てっと、まるで恋がスマホの中で回転寿司のように流れてくる。

 


「この人、ちょっと違うなぁ」と感じたら、次!

「なんか微妙だったかも」と思ったら、次!

もはや恋も“コスパ”で測られてる気さえします。

 


昔は恋って、もっと泥臭くて、もっと面倒くさいものでしたよね。

 


すれ違ったり喧嘩したりして、そして、ようやくちょっとずつ距離が縮まっていく。そんな恋が多かった気がします(まぁ、多少美化された思い出かもしれませんが)。

 


高校時代、好きな子にラブレターを渡すだけで、散々作戦を練って、一週間くらい緊張していた。その瞬間も心臓がバック転してましたからね。

 


今だったらLINEで「ヒマ?」の一言で済んじゃうのかも。

 


いや、別に昔が良かったって言いたいわけじゃないんです。便利になったし、恋の形が多様化したのは素晴らしいことだと思います。

 


でも、「恋っておかわり自由」というキャッチコピーには、どこか“恋は気軽に楽しむだけのもの”ってメッセージが込められているようで、ちょっと寂しくなるんです。

 


まるで、人との関係が、紙コップのコーヒーみたいに飲み終わったらポイって捨てられてしまうような。

 


恋は“自由にしていい”けど、“雑にしていい”わけじゃない。自由と軽さは似てるようで、全然違うものですから。

 


もちろん、このコピーに救われる人もいると思います。「もう一度、恋していいんだ」って背中を押される人もいるでしょう。

 


でも同時に、「どうせ恋なんておかわりすればいいんでしょ」と思う人が増えて、誰かとの関係にちゃんと向き合う機会を減らしてしまうとしたらどうでしょう。

 


それは少しだけ、恋にとっても人にとっても、もったいない気がしませんか?

 


恋って、育てるものだったはず。

 


最初は固くて苦くて、「これ本当に恋?」って思うこともあるけど、時間をかけて温めていくうちに、だんだん味わい深くなる。

 


まるで、1日おいたカレーが翌日には美味しくなるみたいにね。

 


さて、皆さんはどう思いますか?

 


「恋はおかわり自由」って、アリですか?ナシですか?

 


あなたの恋は、替え玉方式?それとも、じっくり煮込み派?

 

 

 

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