新年のご挨拶、今年もゆるりと参ります
こんにちは。ぼーんぐんです。
新年あけましておめでとうございます。

最近は少し更新の間が空くこともありますが、それでも変わらず立ち寄ってくださる皆さんに、まずは感謝いたします。
ふと思い出したように開いてもらえる場所でいられるのは、書き手としてとてもありがたいことです。
このブログは、忙しい毎日の合間にちょっと寄り道できる存在でありたいと思っています。最新情報を追いかけるでもなく、役に立つかどうかは読後に判断、くらいの温度感で、今年も不定期で続けていく予定です。
更新されたら「お、書いてるな」くらいの軽い気持ちで読んでもらえたら嬉しいです。クスッと笑えたり、少し気が抜けたりする時間を、また一年お届けできたらと思っています。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
食べすぎ注意!柿胃石の恐怖と海老芋の誘惑
こんにちは、ぼーんぐんです。
今日は、美味しいものにめっぽう弱い大人がやらかした、ちょっと恥ずかしい話を聞いてください。
私がいつも食べすぎるのは、どうやら子どもの頃からのクセです。美味しいと思うと、お腹いっぱい食べたい。いや、「もう無理」となるまで食べてしまう。
私だけでしょうか。

小学生の頃には、大好きなプリンを好きなだけ食べたくて、即席プリンの素を買い込み、サラダボウルで巨大プリンを作成。
ところが完成したプリンは自重に負けてぺちゃんこに変形し、見た瞬間テンションが急降下。
さらにホールケーキを独り占めしようと、クリスマス翌日に値引きされたケーキをまるまる攻略したこともありますが、当時のバタークリームの破壊力は凄まじく、バラの花ひとつで満腹に。結局3割でギブアップ。
そんな食いしん坊気質は、大人になった今でも健在です。
先月、家内の実家から今年も段ボールいっぱいの柿が到着しました。
これがまあ、とても美味しい。
都会のスーパーに並ぶ美形の柿とは違い、田舎の柿はゴツゴツしていてまさに“野武士”の風格。
ひとつ一つ個性があるのに、味はどれも見事。澄んだ空気と太陽をたっぷり浴びた力強さが口いっぱいに広がり、噛むたびに元気が湧いてきます。
ところが子どもたちは柿が苦手、家内は皮むきが面倒と手を出さないため、必然的に私は柿担当に。
とはいえ美味しいので、何個食べても幸せそのもの。
だったのですが‥
今年はテレビで「柿を求めてクマが出没」というニュースが毎日のように流れていました。
みなさんもご覧になりましたよね。
そのせいか、家内の実家から今年は追加補給として二箱目の柿が到着したんです。
家内がせっせと隣近所に配っても減らない柿山を前に、私の消費ギアは強制的にトップへ上げざるを得ません。熟していないものまで含め、毎日3〜4個をペースアップして食べ続けた結果、突然の腹痛に見舞われました。
痛いよー。
「これ、絶対ただの食べすぎじゃないやん」
検索してみると、出てきたのは柿胃石という恐ろしい単語でした。
柿に含まれるタンニンが胃酸と結びつき、石のように固まってしまう症状で、重症だと手術になることもあるらしい。
そこから私はコーラ療法に頼る日々。えらい目に遭いました。
家内は大笑いしながら一言。
「もう大人なんだから、食べすぎでお腹壊すのやめてくれない」
まったくその通りです。私も心に誓いました。食べすぎは控えよう、とね。
そう誓った翌日でした。
出会ってしまったんですよ、海老芋に。
海老芋とは、京都でよく食べられる伝統野菜。
土寄せなど独特の栽培で、表面の縞模様と曲がった姿がエビのように見えることからこの名がついたそうです。
これがまあ、しっとりときめ細かい肉質で、上品な甘みとコクがある。普通の里芋の何倍も美味しい。
困る。実に困る。
美味しすぎて、完全に誘惑の罠。
食べすぎ禁止令を出したばかりの私を揺さぶってくるのです。
「腹八分目に医者いらず」と言いますが、好物の前ではその教えが一瞬で吹き飛んでしまうのが人の性ですね。
みなさんもどうか、私のようにお腹を壊さないよう、お気に入りの食材にはご注意ください。
懲りない私は、今日も海老芋と静かににらめっこしているのでした。
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UFOは観光バス!?UAP時代の宇宙人事情
こんにちは、ぼーんぐんです。
突然ですが、みなさん「UAP」って聞いたことありますか?最近ニュースやネットでよく見かけるようになったワードなんです。
ぶぶーっ!
惜しい!それ、UAEとUAL!
本当の正解は、UAP = 未確認空中現象(Unidentified Aerial Phenomena)のこと。つまり、かつての「UFO」の新しい呼び名なんです。
えっ、なんで呼び名が変わったの?って思いますよね。
実は、軍事技術が進化しまくったせいで、空を飛ぶ「よくわからん物体」が増えたんです。
ドローンとか、新型兵器とか、ステルスっぽいやつとか。そうなると、「これも宇宙人かも」って思わせる“UFO”って名前じゃ、ちょっと雑。
そこで、よりニュートラルな「UAP」に置き換えられたってワケです。

さて、ここで皆さんに質問です。
あなたは、UFO(UAP)信じてますか?また、宇宙人っていると思います?
私はどちらも信じてる派です。
この広~い宇宙に地球だけが生命の楽園って、逆に不自然じゃない?って思っちゃうタイプ。
ただ、根拠はゼロです。
完全に、映画やテレビに洗脳されて育った人間なのかもしれません。笑
※
先日、関西ローカルの番組「そこまで言って委員会」でこの話題が出てたんですが、コメンテーターのRaMuさんが言ったことが、めっちゃ面白かったんですよ。
彼女いわく、「UFOは宇宙人のバスツアーみたいなもの。地球に来るのは侵略じゃなくて、ただの観光目的なんだ。」って。
これ、名言すぎません?笑
「人類を観察してるけど、攻撃する気はない。ただの社会科見学」って発想は、めっちゃ平和でユーモラスです。
人類を見に来てる宇宙人たち、もしや「地球動物園ツアー」とかやってるのかも。
UFO内部のアナウンスで、「はい、右手に見えますのが地球。平和を願いながら争いが絶えない矛盾がチャームポイントの星。ここでは言い争いが絶える事がありません」ってね。
面白い。
※
私が子どもの頃は、アメリカのSF映画がワクワクの宝庫でした。
「2001年宇宙の旅」では、宇宙人は神のような存在で、人類の進化を導いてくれる不思議な何か。
一方「スター・ウォーズ」では、宇宙人はもはや隣人。一緒に戦ったり、商売したり、毛むくじゃらだったり。
描かれ方の違いは、時代や社会が求める“宇宙”のイメージそのものなんです。
では、これからの時代、宇宙人はどう描かれるんでしょう?
現代のテクノロジーの進化に合わせて、きっともっとリアルで多様な描かれ方をする筈。UFOがUAPに変わったように、宇宙人の描き方も、アップデートされていくのかもしれません。
※
秋は天体観測に適した季節です。
澄んだ夜空を見上げ、ペガサス座やアンドロメダ座、カシオペヤ座などを観測してみて下さい。
運が良ければ、不規則に空を飛ぶ物体に遭遇するかもしれません。
見つめていると、やがて物体はあなたの視線に気づく事でしょう。あなたの目の前にゆっくり降りて来て、音もなく扉が開く。
扉の中から強い光に包まれて現れたのは、あなたのよく知るあの人だったりして‥。
あぁ面白い。妄想が膨らみます。
#UAP
#UFO
#宇宙人
#未確認飛行物体
#SF映画
#オカルトじゃなくてロマン
#空を見上げたくなる話
セミがいない夏、蚊だけ元気な秋のはじまり
こんにちは、ぼーんぐんです。
気づけば10月ですね。
ついこの前まで「もうムリ、暑い、溶ける」なんて騒いでたのに、ここ数日はエアコンなしでも眠れるようになりました。
でも油断大敵!
昨夜も網戸で寝ていたら、夜中にどこからともなく「ぷぅ〜〜〜ん」。
奴が出ました。
"蚊"
やっと気持ちよく布団の中で半分夢の世界にいたのに、秒で現実に引き戻されます。
でも、目を擦りながら電気をつけて起き上がっても蚊は大抵見つからず退治できないもの。そして諦めて電気を消すとまたどこからか「ぷぅ〜〜〜ん」。
たった数ミリの蚊に翻弄される始末‥やれやれ。

一方で今年の夏に存在感が薄かった虫といえば"セミ"でしょうか。本当に「セミ、どこ行った?」って感じでしたよね。
今年の酷暑には参りましたが、あのうるさいほどの蝉の大合唱はなかった。
普通なら、朝っぱらから「ジジジジジジ」「ミーンミンミンミン」「ツクツクボーシ」って、季節が進むにつれて蝉の種類と鳴き声が変わって聞こえてくる筈。
でも今年は「シーン」。
セミがいない夏は、まるで炭酸の抜けたコーラのよう。静かで拍子抜け。でも、あの喧騒がないのはちょっと快適でもあり、寂しいような、うれしいような気分です。
セミといえば昔、こんな事がありました。
朝の出勤時に目の前にボトッと落ちてきたんです。「そうか、お前ももう寿命か、お疲れさん」って思って掃除しようと手を伸ばしたら、いきなり「ジジジジジジジ」って暴れ出すんです。
もう、心臓飛び出そうになりました。笑
※
セミがいない夏から、蚊だけ元気な秋のはじまりです。そして、秋といえばもちろん食欲。そして芸術ですね。
先日、大型のプランターで育てていたサツマイモ「紅あずま」を収穫しました。
つるばっかり茂っていたので、どうせ、つるボケだろうと思っていたら、意外と豊作。20本近く採れたんです。
それを10日ほど乾燥させた後に実食。
よく洗いスライスしたサツマイモをフライパンで焼いて食べました。
両面うっすら焼き色がついたら、満遍なく塩をふって食べるシンプル料理。子供の頃に戻って素手でつまんで「あちち!」って言いながら食べるのが美味いんです。
最近はスーパーのお菓子より、こういう自然の甘さのほうが体に合う気がします。
歳ですかね。
そして、そんな焼き芋片手に思いました。
「そろそろ秋のガーデニングの季節だし、久しぶりに寄せ植えでもしてみるか」と。
お気に入りの8号鉢に、季節の苗を詰め込んで玄関先を秋の雰囲気にデザインしてみようと企みます。
頭の中のイメージはバッチリ。
まぁ、イメージ通りに上手くいった試しはありませんが、失敗を恐れないで、秋はゆる〜く始めてみます。
苗が出揃うのはもうちょっと先かもしれませんけどね。
みなさんはやっと訪れた"秋"をどの様に過ごすご予定ですか。
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要するに、少し静かにして欲しいだけなんだ ー 言葉が伝わらない日常のスレ違い3選
こんにちは。ぼーんぐんです。
「ちゃんと伝えた筈なのに、なんで伝わってないの?」そんなことありませんか。
いやぁ日本語って、ほんとややこしいんです。
先日、とある情報番組で「言葉のあいまいさ」について特集していました。皆さんもご覧になりましたか。
それに共感したので、わたしのエピソードを交えて3つほど紹介します。

ひとつ目は「9時10分まえ」問題。
これは最近よく耳にする話ですから皆さんもご存知ではないでしょうか。
こんな問題です。
ある日、後輩に「9時10分まえに集合」と連絡した私は現地に8時40分頃から待機していました。
しかし約束の8時50分になっても、9時になっても後輩はやってこない。どうしたのかと。
次の予定のことを思ってヤキモキしていたら、9時5分頃にやっと現れて悪びれずに一言。
「早いっすね」
「いや、9時の10分前=8時50分って言ったやん」と言うと、「9時10分の前」と思ってましたと言ってくる。
今はそう解釈するのかい。
この問題、いろんな世代に番組がアンケートをすると、わたしの後輩のように「9時10分の前」と答える人が3割以上いるんですって。驚愕です。
日本語って難しいですね。
また、こんな問題もありました。「冷房上げて」問題。これも厄介です。
会社で後輩から「冷房ちょっと上げてもらっていいですか?」と言われた私は、「はいよ~」と25℃から22℃に設定。冷やしてあげた。
数分後、後輩が腕を摩りながら「さ、寒くないですか?」
「いや、冷やして言ったやん。」
てっきり私は、「冷房を上げる」=もっと効かせる、と思い込んでいたけど、彼は「温度を上げて、冷えすぎをゆるめて」という意味で言っていたらしい。
実はこれ、「冷房の温度設定を上げる(つまり暖かくする)」派と、「冷房の効き具合を上げる(つまりもっと冷やす)」派で意見が分かれる表現なんだって。
こりゃムズイな。
※
最後に極めつけが「電車の発車表示」問題。
昔の話です。
東京出張で、とある駅のホームに立っていたとき、ホームの案内板にこう書かれていました。
「こんど:各駅停車」
「つぎ:快速」
「おっ、快速が“つぎ”に来るならそれに乗ろう」と判断します。訪問先に少しでも早く着きたかったからです。
でも一応駅員さんに確認すると、あらま。
「“こんど”が次に発車する電車、“つぎ”はその次の電車ですよ」って。
聞いて良かった。
関西では、「先発」「次発」って表示されるので、どちらの電車が先に出発するか一目瞭然。でも、関東ではなぜか、「こんど」「つぎ」っていう、やたらフレンドリーな表現を使うらしい。
いや、“こんど”と“つぎ”って、どっちが先に出るねん、ってわかり辛くないですか。
※
こうして振り返ると、日本語って思った以上に「空気を読む前提」で成り立ってる気がします。
言葉は本来、意味を明確に伝えるための道具のはずなのに、むしろ伝わらない原因になってることも多い。
そしてこの小さなズレが、日常の中で、また、仕事の中で、コミュニケーションの歯車を狂わせる。
最初は小さなすれ違いだったのに、気づけば大きなミスやトラブルになっていた。なんてこと、ありませんか?
だからこそ、「ちゃんと伝わってるかどうか」を確認するって、大事なんですよね。
よしっ、私もこれを教訓に、うちの家内に、しっかり伝えることにします。
何をって?
私が家にいると、家内がず〜っと側で話しかけてくるんですよ。
「ちょっと疲れてるから"少し"静かにして」ってお願いしてもダメ。5分後にはまた話しかけてくる。
これは、私の伝え方が悪いのかもしれません。家内にとって"少し"って、5分ほどなのでしょう。
先日ニュースで、ある自治体が「SNSの利用は1日2時間まで」と“時間を明確に制限”したって報道されてましたけど、私もその方式を取り入れてみようと思います。
例えば、「19時〜20時は話しかけ禁止時間です」っとか、どうでしょう。
伝わるでしょうか。
みなさんも、世代間、地域間、性別の違いなどからくる言葉のすれ違いにはくれぐれもお気をつけ下さいね。
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子どもの宿題が、大人をちょっと成長させる話
こんにちは。ぼーんぐんです。
夏休みの宿題って、昔から絶妙なセンスをしてますよね。
植物を育てたり、絵日記を書いたり、自由研究と称して工作を始めたり。
で、最近のトレンドは、「働いている大人にインタビューしてみよう!」だそうです。
これがなかなか、笑えて、ちょっと考えさせられるんですよね。

ある日の午後。近所のスーパーの靴売り場に、小さな記者が現れたそうです。
職業インタビュー、実施中!
手帳を手にした中学1年生くらいの男の子が、目をキラキラさせて入店します。質問する相手は、60代のパートの女性。
その女性は、「笑顔で靴を売る達人」としてスーパーで評判の方で、彼女に会いに来る常連もいるほど。
一息ついて、少年が真剣な眼差しで投げかけた質問は、こう。
「どうしてこのお店で働いているんですか?」
大人にとってこの質問、なかなかパンチがあります。
彼女の頭に一瞬でよぎったのは、「ウチから近いし、時給がいいし、子供が巣立った後、家にずっといると飽きるからよ」
でも、そのまま答えるわけにはいきません。
真っ直ぐな瞳を前にして、社会人としての“即興スキル”が発動します。
「お年寄りも、小さな子どもも。みんなが元気にお外を歩けるように、お手伝いしたくてね」
おぉ、完璧です。
少年は「うんうん、なるほど」とうなずきながら、真剣にメモを取ります。その光景が、もうなんとも微笑ましい。
※
そういえば、私も子どもの頃、同じような課題で友達の家に行ったことがあります。
友達のお父さんは左官職人さんで、「どうしてその仕事に?」と聞くと、
「親父が左官だったからな。いや待てよ、特にやりたいこともなかったし、なんとなく、かな?」
困り果て、その場で自分の人生を一度振り返り始めてしまったんですよね。
あれはあれで、ものすごくリアルなインタビューだったなあと、今になって思います。
※
夏休みの自由研究って、子どもにとっては学びの場。でも、受け答えする大人にとっても、ちょっとだけ自分を見つめ直すきっかけになるんです。
「働く理由」って、大人にとっても意外と難しいテーマですから。あの奥さんの即答、なかなかスマートでしたよね。
「元気に歩けるお手伝いがしたい」っか。まんざら即興でもないのかもしれません。
私ならばどうだろう。うまく答えられるだろうか。
うっかり本心を言っちゃわないか。子供を納得させられる言葉で、働くことへ興味や関心を持ってもらえるか。その喜びを伝えられるか。
自信がないのでお子さんのインタビュー、私にはしばらく回してこないでください。
皆さんなら、どのようにお答えされますか。
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#クスッと笑える
#スーパーの裏側
#親子のエピソード
#子どもの視点
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「恋っておかわり自由?」にモヤッ。恋愛は消費される時代ですか?
こんにちは。ぼーんぐんです。
先日、電車の車内ズリ広告にドキッとしました。そこには、こう書かれていたんです。
「恋ってな、おかわり自由やねん」
"おかわり"の文字にランチのご飯?お得な情報?っと、一瞬胃袋が反応しましたが、どうやらランチではなく恋の話らしい。
以来、このコピーを見るたびに、胸の奥がモヤッとするんです。
もちろん、恋愛は自由でいいと思うし、ひとつの恋が終わったからといって人生が終わるわけじゃない。
だけど、恋を“おかわり”って表現するのって、なんだか恋がどんどん軽く、消費されるものになっている気がしてならないんです。

マッチングアプリやSNSの普及で、出会いが格段に増えた今の時代。
プロフィールをスワイプして、いいねを押して、メッセージが来てっと、まるで恋がスマホの中で回転寿司のように流れてくる。
「この人、ちょっと違うなぁ」と感じたら、次!
「なんか微妙だったかも」と思ったら、次!
もはや恋も“コスパ”で測られてる気さえします。
昔は恋って、もっと泥臭くて、もっと面倒くさいものでしたよね。
すれ違ったり喧嘩したりして、そして、ようやくちょっとずつ距離が縮まっていく。そんな恋が多かった気がします(まぁ、多少美化された思い出かもしれませんが)。
高校時代、好きな子にラブレターを渡すだけで、散々作戦を練って、一週間くらい緊張していた。その瞬間も心臓がバック転してましたからね。
今だったらLINEで「ヒマ?」の一言で済んじゃうのかも。
いや、別に昔が良かったって言いたいわけじゃないんです。便利になったし、恋の形が多様化したのは素晴らしいことだと思います。
でも、「恋っておかわり自由」というキャッチコピーには、どこか“恋は気軽に楽しむだけのもの”ってメッセージが込められているようで、ちょっと寂しくなるんです。
まるで、人との関係が、紙コップのコーヒーみたいに飲み終わったらポイって捨てられてしまうような。
恋は“自由にしていい”けど、“雑にしていい”わけじゃない。自由と軽さは似てるようで、全然違うものですから。
もちろん、このコピーに救われる人もいると思います。「もう一度、恋していいんだ」って背中を押される人もいるでしょう。
でも同時に、「どうせ恋なんておかわりすればいいんでしょ」と思う人が増えて、誰かとの関係にちゃんと向き合う機会を減らしてしまうとしたらどうでしょう。
それは少しだけ、恋にとっても人にとっても、もったいない気がしませんか?
恋って、育てるものだったはず。
最初は固くて苦くて、「これ本当に恋?」って思うこともあるけど、時間をかけて温めていくうちに、だんだん味わい深くなる。
まるで、1日おいたカレーが翌日には美味しくなるみたいにね。
さて、皆さんはどう思いますか?
「恋はおかわり自由」って、アリですか?ナシですか?
あなたの恋は、替え玉方式?それとも、じっくり煮込み派?
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