ぼーんぐん。ものがたり

日常の暮らしの中で感じる心持ちをつぶやきます。

5ミリほどの黒いもの

こんにちは。ぼーんぐんです。

 


ここ数日すっかり涼しくなって過ごしやすくなりました。

 


もちろん日中は陽射しがまだまだ強いので半袖シャツをタンスに仕舞いこむ事が出来ませんが、それでも日陰に入ると風が心地よく感じられます。

 


”暑さ寒さも彼岸まで”とはよく言ったもの。季節の変わり目ですね。

 


涼しくなると今まであれほど飲んでいた冷たい”炭酸水”も、外食で注文する”冷やし中華”も、コンビニで買うアイス”サクレ”もそれほど望まなくなりました。

 


それよりも食後に楽しむ”ホットコーヒー”や、外食のランチのセットの”豚汁”、コンビニの”おでん”の類が欲しくなります。

 


気温ひとつで食の好みが変わるって不思議ですね。

 


ここ最近我が家では夕食は娘の手料理が出てくることが多くなりました。

 


これは別に家内が”サボっている”訳でも夏の疲れが出て”床に臥せっている”訳でもなく娘が自発的に買って出ているんだと聞きます。

 


その理由は、家内によると娘の就職内定先が東京本社で、来春から親元を離れた生活が待っているからなのだと。同僚に恥ずかしくないように今から練習をしているんですね。

 


子供の頃は誰しも親への依存心が強いもの。娘も同様です。親元からの独立となると何でも自分でしなくてはならなくなりますが大丈夫でしょうか。

 


思い起こせばバブル時期、私も就職先は東京本社でした。卒業と同時に東京の寮へ入りました。また家内も同様。四国から大阪本社の寮へ入ったと聞きます。

 


そう思うと親が心配しなくても子供は自立していくものかもしれませんね。


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今日の夕方、リビングの四方の窓を開け放しますと気持ちの良い風が吹き抜けていきます。私はソファーに横になり、うつらうつらしていますとリビングのテーブルから何やら焦った声が聞こえてきます。

 


「エイッ!タァー」
「キャッ。・・ダン、ドドン」

 


薄目を開けて見ていますと娘がテーブルで何かと格闘しているようです。

 


格闘が終わり落ち着いた頃どうしたのかと娘に声をかけると、

 


”Gちゃんよ。でもやっつけたから”
”ほらねっ”

 


娘が指さす先を見てみると確かに虫と思われる”5ミリほどの黒いもの”が足を上向きにしています。

 


”ひとりで仕留めたのか。凄いな”

 


鼻を膨らませて自慢気な娘の顔がそこにあります。

 


しかし視線を少しその先にずらすと机の上は大変です。

 


自宅宛に届いた何通かの郵便物や家内のサングラス、お土産のクッキーの類が散乱し、倒れたマグカップのミルクをしっかり吸い込んでいます。

 


娘は後片付けもしっかり始めました。

 


指に感触が伝わらぬように厚手のキッチンペーパーで”5ミリほどの黒いもの”をつまみ上げ中に包んでボール状に丸めます。さらにその上にキッチンペーパーを二重三重と念入りにまきレジ袋へ閉じ込めます。

 


レジ袋の口はアリも這い出すスキのないほど堅く結びます。さらに紙袋に入れて・・・

 


「おいおい。いつまで巻いてんの?」
「いいの。出てきちゃいやでしょ」

 


結局”5ミリほどの黒いもの”はバスケットボールほどの大きさになり、やっと外のごみ用ポリバケツへ収納されました。

 


格闘を終えた娘が私に聞きます。

「お腹空いたでしょ、夕食は何食べたい」
「そうだな。”カシワ(鶏)の水炊き”がいいな」


あれほど暑かった夏も過ぎ、季節も変わり収穫の秋を迎えつつあります。

 


大風や大雨など何度も災害にあいましたが無事に収穫の時を迎えられることは生産者にとって大きな喜びでしょう。

 


消費者の私たちは、色や形だけで判断するのではなく、そのもの自体が持つエネルギーをしっかり味わいたいものですね。

 


どんなものでも同じこと。

 


見た目や性格に個性はつきもの。固定化された基準に惑わされないで、素材が本来持つフレッシュさを大切にしたいものです。

 


みなさんは如何お考えでしょうか。