ぼーんぐん。ものがたり

日常の暮らしの中で感じる心持ちをつぶやきます。

「アンパンマン」を真面目に考えてみた

こんにちは。ぼーんぐんです。

 

みなさんは「アンパンマン」をご存じでしょうか。

 

アンパンマンは漫画家の「やなせたかし」さんが描くヒーロー漫画です。

 

弱い人々のために、悪役のバイキンマンと戦うものの、途中でお腹を空かせた人々や、子どもたちに出会ったら、戦いよりも惜しげもなく自分の顔の「アンパン」を分かち合うことを優先するヒーロー漫画です。

 

 

やなせさんが描くヒーロー像は従来の典型的な「ヒーロー作品」ではありません。世間一般に信じられている、勧善懲悪型の正義ではないんですね。

 

やなせさんは以前のインタビューで語っています。

 

スーパーマンに代表される勧善懲悪型の正義は、ひとびとの思考によっては善悪が簡単に入れ替わるといいます。

 

昨日の正義は、今日の正義じゃない。

 

正義のために戦うといったって、もしかしたら、悪役だと思っている相手の方が正しいかもしれない。それはつまり、こっち側から見ているから、自分たちが正義だと思い込んでいるだけなんだということです。

 

本当の正義というのは、どこの国にいっても逆転しないもの。

 

私たちが望んでいる正義というのは、単純に「戦う」ということではありません。

 

そんな大げさなものじゃなくて、

 

僕らが「困っているときに、助けてくれるひと」とか、「おなかがすいたら食べさせてくれるひと」とか、そういうのもっと身近な問題のことです。

 

それこそが私たちが望んでいる正義の味方だといいます。

 

確かにそうですね。

 

世の中の言説や、メディアや、SNSなどの「正義」と、当事者であるひとびとの欲している「正義」が、だんだんズレてきているのではないか、という思いですね。

 

私たちの従来型の「ヒーロー」は視点を変えれば簡単に逆転してしまう恐れがあるのですね。

 

今、私たちの目の前にある様々は正義とされている事について、常に穿った目で見て生きていくのは大変なことですが、周りの情報にただ流されているのではなく、こういう目線もまた必要だということ。

 

正義を掲げて相手を攻撃する前に「悪の中にある善」「善の中にある悪」をしっかり見定めることです。

 

「ものを正すこと」は確かに「正義」ですが、「間違えた征伐」はすなわち「悪行」ですものね。

 

根拠のないうわさや先入観で、相手を攻撃することがどれだけ危険な事なのか。

 

最近の直線的な行動は一見勇ましくも見えますが、一度その場に立ち止まり「正義の意味」を考える時間は決して無駄ではないと思うのです。

 

世界中の子供たちのヒーロー「アンパンマン」は、今日もどこかで自分の顔の「アンパン」を困っている人たちに分かち合っているのでしょうね。

 

みなさんは如何お考えでしょうか。